白浄花の輝き編 番外編

疑問 

 字を覚える合間の休憩で階下のリビングに降りると、すでに休憩していたらしいイオリがソファーでコーヒーを飲んでいた。
 その彼の前の小テーブルには細かい部品や組み立てられ途中らしい機械が置かれていた。
「休憩中?」
 親切にもカエデがついでくれたオレンジジュース(コーヒーが苦手なので)を手に持ったまま、瀬奈はイオリに訊く。
「ああ」
 イオリは案の定そう答え、目頭を指先で押さえたり外したりを繰り返している。
 目が疲れているらしい。
 瀬奈はそれをちらりと見ただけで、イオリの向かいのソファーに腰を降ろした。
 テーブルの上の部品を見ながらオレンジジュースを飲む。
「ねえ、イオリ。前々から疑問に思ってたんだけど、訊いても良い?」
 以前からどうしても訊いてみたかった質問を頭に思い浮かべながら、瀬奈は問う。
 イオリは目のマッサージをやめて姿勢を正し、胡乱気にこちらを見る。
「何だよ?」
「うん……あのね、イオリとカエデってさ、やっぱ付き合ってるの?」
 質問出来るのが嬉しくてにっこり笑って訊けば、コーヒーを口に運んだ直後だったイオリはぐっと喉をつまらせた。
 しばらく苦しそうな咳が続く。
「? 何、あたし変なこと訊いた?」
 きょとんとして聞き返す瀬奈。
 ようやく咳をおさめたイオリは、じろりと半眼で見てくる。
「当たり前だろ。何でそう思ったんだ?」
「何でって、だって二人とも仲良いし、幼馴染みだから付き合ってる可能性大きいじゃない? 私の友達にもそういう人いたからイオリもそうなのかなって。で、どうなの?」
 瀬奈はにこにこと嬉しそうに微笑んで身を乗り出す。
 代わりにイオリは少し身を引いた。何で女ってのはこういう話が好きなんだか。
「………。悪いけどあんたの期待には添えないね。第一、カエデは彼氏持ちなんだぜ?」
 イオリの爆弾発言に瀬奈はきょとんとした後、ええっと大声を上げた。
「嘘嘘っ、それほんとっ? カエデって彼氏持ちなのっ??」
「だからそう言ってる。首都の医療班で働いてる奴。カエデより三歳年上だったかな」
「へえ……」
 瀬奈は呆けた声を漏らした。
 意外だ。しかも遠距離恋愛だし。
「それからもう一つ付け加えておくと、カエデは俺より一つ年上だから、歳の近い姉弟みたいなもんだ」
 これでいいか、とイオリは締めくくり、面倒臭そうにソファーに背を預けた。
「へーカエデって、じゃあ私より二つ年上なんだ。大人っぽいし、その方が納得いくかな」
 瀬奈はへえとかそっかーとか呟いていたが、少ししてにやっと顔を歪ませた。
「じゃあさじゃあさ、イオリも彼女いたりするの?」
 イオリは非常に嫌そうに眉を寄せる。
「何でそう思う?」
「そりゃあ、イオリって顔は格好いいからさ、もてそうだなって。まあ性格に難ありだけど」
「……何だと」
 じろっと睨まれて、はっと口を押さえる。
「あっ、つい本音がっ」
「……喧嘩売ってんのか?」
「まさかー、そんなわけないじゃない」
 どんどん険しくなっていくイオリの表情に、瀬奈は慌ててひらひらと右手を振る。
 そんな瀬奈をじろと見、イオリははあーと大きくため息を吐いた。
「後で訊かれても面倒だから答えておくと、彼女なんかいない」
「えーっ」
「……何でお前が残念がる?」
 イオリは不可解そうに眉根を寄せる。
「いや、だってさー。絶対あんた、告白とかされてるクチでしょ?」
 瀬奈は確信を込めて問う。
「まあそうだけど。顔も名前も知らない奴に告白されたって嬉しくも何ともないね」
「…………」
 ひねくれてるなあ。
 瀬奈がつい呟くと、「ああ? 何か言ったか?」……また睨まれた。
 この人知らない間に恨み買ってそうだな、と瀬奈はオレンジジュースを飲み込んで思う。
 性格を知らないから告白出来るんじゃないだろうか。知ってても出来る強者なんてそうそういない気がする。
「それで? 他人のことばっか訊いてねえでお前はどうなんだよ? あんたの世界で付き合ってた奴とかいないのか?」
 イオリの質問に瀬奈は眉をぐっと寄せる。
「…私が彼氏持ちに見える?」
「いや、全く」
「………」
 瀬奈はむーっと頬を膨らませた。
 真実ではあるがここまではっきりと言われると腹が立つ気もする。
「ふんだ、どうせ彼氏なんていないもん」
 瀬奈は空になったコップを持って立ち上がった。
「まあせいぜい頑張れ」
「…うるさいよっ」
 余計な一言を投げてくるイオリを睨み、瀬奈はリビングを後にした。
 最初に疑問を投げかけておいて、最後には怒りながら帰っていく瀬奈に、残されたイオリは一人吹き出した。


 …end.


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