虹色のメロディ編 番外編

距離なんかでは壊れないものもある。 

 瀬奈と明美、ダブルデートな話です。
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「ねえ、一緒に遊びに行かない?」
 明美とツェルがラトニティアへ帰ることが決まり、その帰国の二日前。明美は瀬奈にそんな誘いを受けた。
 幼馴染ではあるが、実を言うと二人で出かけることは滅多にない。あったとしても瀬奈が誘うか、もしくは拓人が駄々をこねた時くらいだ。明美からならほぼ皆無。ともかく、瀬奈が誘うの自体が稀だった。瀬奈の休日の過ごし方は、主に弟の面倒を見るか、もしくは絵を描くのに夢中になっているかだったので。
 それで明美はまず驚いて、それから、小首を傾げた。
「行くって、どこへ?」
 遊びに行く、と聞いて思い浮かんだのはショッピングだった。女同士なら尚更だ。
 すると、瀬奈はへへーっと顔をほころばせ、紙切れを四枚、明美の前に突き出した。
「じゃーん! テーマパークの入場券貰っちゃった! 全部で四枚!」
「貰ったって……、フォールさんとかから?」
「ううん、カジさんに貰ったの。最近、私が協会の依頼をよく受けてるからお礼にどうぞって」
 実は、その裏でリオが「調子に乗ってんじゃないよ。少しは感謝を示しな」と、カジとノリスに圧力をかけていたからなのだが、瀬奈は勿論そんなことは知らないので、思わぬ幸運を心から喜んでいた。
 明美がラトニティアに戻る前に、何か思い出を作りたいなあと思っていたせいだ。ショッピングでも良かったけれど、それでは何となく味気ない。けれどこの国の施設に詳しくないので、テーマパークがあると聞いて飛びついた。カジさんに感謝だ。
「へえ、気前良いのね」
 当然、明美だって裏事情など知らないので、ハティナー保護協会ってケアが細かいのね、とずれた感想を抱いた。
「良いわよ、行っても。それで、あとの二枚はどうするの?」
「え?」
 瀬奈は何を言ってるんだ、と目を瞬いた。
「二枚の行き先はもう決まってるよ」
 そしてにっこり笑って、あと二人の名前を口に出した。


「ツェルはいいとして、何でもう一人がこいつなの」
 帰国前日。テーマパーク内を歩きながら、明美が嫌そうに言った。
「俺だってなっ、隊長とリオにそろって圧力かけられなきゃ、別に一緒に来ねえよ!」
 何で貴重な有給をこんなことに使わなきゃいけないんだ、と、私服姿のイオリは文句を連ねた。そんなイオリを瀬奈は、申し訳なさ半分哀れみ半分の目で見やる。
「イオリってさー、よくよく考えると結構休日も隊長さん達に干渉されてない?」
「今更それを訊くのかお前は」
 じろり、と睨まれて、瀬奈は慌てて両手を振る。
「や! それでも話を引き受けるんだから、イオリって懐広いんだなって感心しただけだから!」
「違うわよ、瀬奈。そう言うのは、懐が広いんじゃなくて、意気地なしっていうの。所詮、断るのが怖いだけでしょ」
 さらりと毒を吐く明美。
 イオリの形の良い眉がキリキリと吊り上がる。
 確かに明美の言う通りだが、イオリとていつもいつも隊長達の頼みを引き受けるわけではない。ようは、本当に用事もなくて暇だったから渋々受けただけだ。どちらにせよ、亡命者だけを外出させるわけにはいかないから、誰か警備隊員がついてなくてはいけなかったという理由もある。
「まあまあ、落ち着いて。仲良くしてよ、ねっ!」
「そうですよ、折角楽しそうな場所に来たんですから!」
 瀬奈が急いで場を取り繕い、それにツェルも便乗する。
 が、仲が劣悪な二人は珍しく口を揃えた。
「仲良くなんてしないわ!」
「仲良くなんかするか!」
 声が重なったことで、二人はますます険悪になった。うっわあ被ったよ最悪、と、どちらの顔も言っている。
「もー、何でそんなに仲悪いのよ……」
 瀬奈は額に手を当てて脱力する。
 殺されそうになった者と殺そうとした者では、そうそう仲良くなんてなれるわけがないのだが、瀬奈にはどうしてもそれが理解出来ない。どちらとも親しいが故に余計。
「ほら、行こうよ! あっちに面白そうなのがある!」
 鏡迷宮と書かれた看板が見えて、瀬奈はパッと顔を明るくして歩き出す。
「わあ、本当ですねっ。何でしょうね、あれ」
 物心ついた頃から既に神殿生活をしていた為に、遊園地のような所に来たことがないツェルにはどれも新鮮で、すぐに瀬奈の言葉に食いついた。花でも舞っていそうな笑みを浮かべ、瀬奈の隣に並ぶ。そうして楽しげに歩いている姿は、どう見ても仲の良い女友達同士だ。
 明美とイオリを放って二人が歩き出せば、流石に明美達は冷戦をやめざるをえなかった。どちらも頼りないのを分かっているので、ちょっとだけ焦ったせいだ。ここで目を離したら、迷子呼び出しの放送をかけなくてはならなくなる。それだけは避けたい。
 ちょっと待て、と二人して駆け出す。
 明美とイオリが仲が悪いのはただの同族嫌悪だと、本人達だけが気付いていない事実である。


 海をテーマにしているテーマパークは広かった。
 遊園地のような区画が大部分を占めていて、残りはフィースではそれなりに名が知られている水族館である。
 水族館に一番喜んだのはツェルだった。ラトニティアの地下王都には水族館がなく、しかもツェルは生まれてこのかた本物の空を見たことがなければ、海だって見たことがない。そういえばヴェルデリアに来た当初は空を見て不安そうにしていたな、と明美は思い至る。あんなに目まぐるしく変わるなんて、と呟いていたのだ。でもすっかりそれにも慣れたようだが、水族館はまた別だったらしい。
「こんなに水がたくさんあるなんて不思議です。綺麗ですね」
 にこにこしているツェルがいるだけで、場の空気が和む。
「いいよね、海。私、大好き。元々住んでた所が港町だったから、夏になったら海水浴したりしてね、泳ぐのも得意だし」
 ツェルと並んで大水槽を見つめながら、瀬奈もにこにこする。
 明美はふと、小学校の時のことを思い出した。
「ああ、そういえばあんた、運動神経は並なのに水泳だけは成績良かったわよね」
 中学や高校にはプールがなかったので、小学生の時までの記憶ではあるが。あまり水が豊富な土地柄ではなく、溺れた時の対処法なんかも海まで足を運んで教わったのだ。
「まあね。明美には負けるけど」
「私に勝てるのなんて、美術だけでしょ」
「自分で言う?」
 瀬奈は明美を軽く睨んだ。
「港町ってことは、バーレなら肌が合いそうだな」
 水槽を泳ぐ大型の魚を興味深げに見ていたイオリが、ぽつりと言った。
 軽く首を傾げる瀬奈。
「何で?」
 明美とツェルも興味を覚えてイオリの端正な横顔に視線を向けた。
「第四都市バーレは水の都で有名なんだ。水路の街だ。ちなみに俺とカエデの地元」
「地元!」
 イオリの地元の話を初めて聞いたので、瀬奈は目を輝かせた。しかも水路の街って、ヴェネツィアみたい。
「そ。うちの国きっての工業都市でもあるな」
 水のある所に工業都市あり。
 この法則はこの世界でも有効らしい。
 ふうん、と明美は頭のメモに書き加えた。
「うわあっ! すっごいですよアケミさん! こっち来てみて下さい!」
 大水槽の奥、水槽のトンネルの方でツェルが歓声を上げる。頬を紅潮させて興奮している様を見て、明美は少しばかり胸がしょっぱくなった。
(ツェル、あなたどう見ても女子高生よ……)
 ほんとに男に見えないなあ、この人。
 そう思いつつ、子犬のような様が可愛らしくもあったので、自然、明美の頬も緩む。明美だって女の子なので、可愛いものは結構好きなのだ。


「ねえ、折角だし、何か記念品買おうよ」
 水族館の出口付近にある土産物屋に入ると、瀬奈が浮き浮きとこんな提案をした。
「明美もツェル君も明日には戻っちゃうわけだし、ね」
 そう言う瀬奈の目は、ちょっとだけ寂しそうだった。
 ああ、明日か。
 明美は急に予定を思い出した。明日になれば、また幼馴染と別れて異国で暮らすのだ。
「……瀬奈も来ればいいのに」
「それは駄目だよ。だって」
「やりたいことが出来た、でしょ。分かってるわよ。試しに訊いてみただけ」
 一見、周りに流されまくっているようにも見える瀬奈だが、根本は結構頑固だ。一度こうすると決めたら、テコでも意見を変えない。
 嘆息気味に言うと、瀬奈は困ったような顔をして小さく笑う。
「ごめんね」
 こんな風に謝るのは、相手の意見に賛成できないのに良心が痛むからだ。
 別に、明美は瀬奈を困らせたいわけでも、落ち込ませたいわけでもない。
「謝る必要はないわ。私達の道が違う方にのびてるってだけのことでしょ?」
 フッと明美は笑う。
 そうだ。進む道は違う。
 でも、明美は妙に自信があった。
 ここで別れても、いつかまた会うだろう。距離は離れたって幼馴染で、友達であることは永久不滅だ。もし距離くらいで壊れる絆なら、こんな異世界で再会なんてするわけがないのだから。
 瀬奈は嬉しそうに微笑んだ。
「うん、そうだね」
 明美が瀬奈を怒らせてばかりなので、こんな風に素直な笑顔は滅多と見られない。お陰でちょっとだけ照れてしまう。
「あ。ねえ、これが良いんじゃない?」
 ごまかすように、明美は置物の並んだ棚から、魚のオブジェが底についているウォーターボールを手に取る。
「わあ、いいね、可愛い」
 瀬奈はすぐさまウォーターボールを掴んだ。
 水の入ったガラス製のそれを逆さまにし、きちんと立て直すと、白い小さな砂がゆっくりと沈んでいく。幻想的で、魚自体は可愛らしい。オレンジ色をした、ヒレが六つ付いた魚だ。
「決定ね。じゃあ、買いに行きましょ」
「待ってよ」
 すたすたとレジに向かうと、瀬奈が慌ててついてきた。
 レジでは、水族館の制服を着たお姉さんがにっこり笑って言った。
「ヒラヒラクータンのウォーターボールを二つですね。お買い上げ、ありがとうございます」
 その言葉に、思わず二人は固まった。
 ヒラヒラクータン?
 それはもしかしなくてもこの魚の名前か。
 あんまりなネーミングセンスに、水族館を出るなり、二人そろって笑い転げたのは言うまでもなかった。

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