こんなことがあって良いはずがない。
こんなこと、許されるものか。
男は白い病室に横たわる一人娘を掻き抱いて、聞くだけで痛ましい泣き声を上げていた。周りに人はない。皆、それが男のためになると、部屋を去ったのだ。
「ユーリエ……、可哀想に」
ずっと入院生活を送っていて、最後は医者の手術ミスでこの世を去ることになるなんて。
退院したら外を散歩したいと言っていた。
花を育ててみたいとも言っていた。
それが、そんな単純なことで全て掻き消えてしまうなんて。
「許さない」
男は泣きながら、目に暗い光を浮かべた。まさしく憎悪の光だった。
このまま涙がついえようと、この思いは消えることはないだろう。いや、消さない。絶対に。
外から聞こえてくる、散歩をしているのだろう、他の入院患者の笑い声がますます男の怒りを掻き立てた。
「許すものか」
こんな愚かな医者を育てたこの国に、私は復讐してやる。例えどのような犠牲が出ようと構うものか。
「お前の死は無駄にはしないよ」
男は優しく娘の亡骸に声をかけ、そっと身体を抱き上げた。まだ僅かに温かみが残っている。
そのことに再び涙しながら、しかし男はしっかりとした足取りで病室を後にした。残されたのは、空っぽの白いベッドと小机の上に飾られた花と、そして娘の残した生活品だけだった。
* * *
――病院での出来事から十二年後。
バタバタと慌しく走る複数の足音が、路地裏に響く。
いくつもの影が壁に映り、通り過ぎていく。
「――見つかったか」
うち、サングラスをかけた灰色の髪の男が、インカムに手を当てスピーカーの向こう側に問いかける。
『いいえ。ホシはこの付近にはいない模様』
インカムを通して、女の涼やかな声が報告を告げる。
「そうか。では次の区画に移る」
男は指示を出し、そこで眼光を鋭くする。
「――総員に告ぐ。奴を、絶対に逃がすな」
強い言葉。
それに他の者達は一度小さく息を呑む。
『了解!』
そして、一拍の後、それぞれの返事が重なった。
「………」
男は屋根に切り取られた狭い空を見上げる。
「――何としても見つけ出す。でなければ……」
その後の呟きは小さすぎ、空気に紛れて消えてしまった。