白浄花の輝き編 第二部 再会

十章 ユキナリ・ナガクラ 

「よーう、イオリ。聞いたぜ〜? 今女の子の世話係してるんだって?」
 第一警備隊本部の一階奥には、機械士の集まる部屋がある。部屋は三つに分かれていて、奥から工具置き場、ロッカー、ファイル保存庫を兼ねた休憩室であるここ、というようになっている。
 そして今、非常にうっとおしく話しかけてきたのが、イオリの親友にして仕事仲間であるキーツ・D・オルニスだった。黒い髪を後ろで一つに束ねた彼は、焦げ茶色の細目をにーっと笑みの形にしている。そのお陰で余計に目が細く見えた。
 キーツはいつも陽気で人当たりが良く、まさしくイオリと正反対にいる人間だ。その分心が広いので、イオリがどんな悪言を吐こうがどこ吹く風で聞き流している。イオリにしても、どうしてこいつとつるんでいるのかよく分からない。周りもそんな風に思っているらしい。
「どこで聞いたんだ?」
 久しぶりに会ったかと思えばこんな調子の友人に、イオリは憮然とした顔になった。
「お前のお目付け役からに決まってんだろ」
「………カエデか」
 イオリは彼女がどれだけ楽しそうにキーツに話したかが嫌でも想像出来た。全く油断も隙もない。
 キーツの様子から察するに、どうやらカエデは自分とセナとのことを面白おかしく脚色したようだ。何をどう誤解しているのかは知らないが、キーツは先程からにやにやと鼻に付く笑いを浮かべている。イオリは諦めて口を開く。
「隊長命令だよ。皆忙しいしな。俺も忙しいけど」
 第一警備隊にはかなりたくさんの機械士がいる。それに比べて第五警備隊にはイオリ一人だけだ。ただ、隊長と副隊長、それから牢番のバーンズが機械の扱いに長けている為、困っていない程度のことだ。それを除いても、一つの都市の警備隊に一人しか機械士がいないのはかなり異常なことだという事実に変わりはない。
「元第一警備隊隊長の命令じゃ、さすがのお前も逆らえないってか?」
「逆らえないというより、逆らいたくない。一回やって、書類地獄に遭わされた。二度目がどんなもんかなんて想像したくもない」
 ゾッとした様子で答えるイオリに、キーツは口の端をにっと上げる。
「さっすが第五警備隊は曲者ぞろいだよな。たぶん単体能力なら警備隊一だろうよ。…お前もなー、その口の悪ささえ直せば左遷されずに済んだのに」
 キーツは残念そうに深々と息を吐いた。彼自身、イオリの口の悪さが直るとはこれっぽっちも思っていないのである。それでも十七という歳で機械のスペシャリストであるから、もったいなくて堪らない。かくいうキーツもイオリと同年代であるのだが。
「またその話か。別にいいんだよ、あっちは気が楽でいいしな。面倒な上司もいねえし、陰口叩いて他人を不利に追い込むような同僚(バカ)もいねえし」
 早い話が、イオリは能力が高くとも口が悪かったので、周りから疎まれて左遷されたのだ。ここで仕事をしていた時は、思いっきり孤立していた。元々一匹狼の性格であったのが余計災いしたといっていい。
 皮肉めいたイオリの言に、キーツも小声で「そりゃ天国だな」と答えた。

 *  *  *

 瀬奈の仕事中は、そんな風に友人と会ったり、部品の買出しに行っていたイオリであるが、他にも時間が空くと図書館に行ったり、第一警備隊の総合コンピュータで調べ物をしたりしていた。
 忙しくて調べ物をする余裕もない瀬奈の変わりに、空落人について調べているのである。
イオリは性格がひねくれていて短気なせいでよく誤解を招くが、実際は結構仕事は細かくマメにこなすし、面倒見が良かったりする。
「……これも違う、こっちも駄目…。さすがに千年前の、それも伝説上の人物だけあって記録もあんまりないな……」
 イオリは今、最初の空落人と伝えられている永倉行也について調べているところだ。元の世界に戻るとかそういう前に、行也の実在が証明されなければ、話が始まらない。前にフォールが神話の類は本当にあった話を元に作られていることが多いと言っていたから、恐らくはいたのではないかと思う。でなければこんな変な名前が記録に残ることもない。
 しかし彼についての情報は古すぎてほとんどなく、写真なども一切ない。まあ千年前に写真自体が存在しなかったが。
 現在、ザナルカシアにいるハティナーは、全員彼の血を引いていると云う。彼が空落人だからハティナーなのか、それとも元からハティナーだったのかは分かっていないらしい。
(でもセナ(あいつ)もハティン持ってたしな…)
 本人はハティンを持っていることもその存在さえ知らなかった。ということは、彼女の世界にはハティナー自体が存在しないということになる。
(ザナルカシア(こっち)に来ると出てくる能力ってことか?)
 疑問を持っても、適切な答えがない。
 実のところ、永倉行也以降、空落人が発見されたという情報はない。
 だから行也自体が伝説的人物であり、瀬奈が空落人だと証明する方法は一つもないのだ。
 その点、第五警備隊隊長であるフォールは立派だといえる。確証がないにしても、初めから空落人ではないかと推測している。これが他の部署なら「嘘を吐くな」とか「頭がおかしい」で終わりになっただろう。
 イオリだって、態度には出さずとも半分はそう思っていた。だがあまりにも瀬奈がここのことを知らなさすぎたので考えを改めただけだ。いくら外国人でも立体画像やザナルカシア儀くらいは知っているのに、それさえ知らなかったのだから。
「ん?」
 画面の文字を目で追っていたイオリは、ふと動きを止めた。
 <行也がハティンを用いて作った石が、ラトニティア王国の至宝白浄花である。それが戦争によりヴェルデリア国へと渡り、今の国宝になっている。それに対して…>
「ユキナリが作った…!?」
 そういえば行也のハティンは<浄化>だったと思い至る。この情報が正しいなら、<白浄花>があるということ自体が行也の存在を証明していることになる。
『彼はとても力の強いハティンの持ち主だったから、帰ろうと思えば帰れたらしいけど…』
 ふと、前にフォールが言っていた言葉を思い出す。
 千年前の人物の存在の証明である白浄花、そしてハティナー。行也は存在していたのだ。
 だったらフォールのあの言葉の信憑性も高まる。
 鍵は……
「ユキナリ・ナガクラ、か…」
 彼については、この国ではこれ以上分からないだろう。
 彼が暮らしたラトニティア王国でなら、瀬奈が元の世界に戻る方法も分かったかもしれない。
 瀬奈がフィースに落ちたのは運が良かっただろうが、この点では不運だ。何せ、隣国とこの国とは睨みあいの真っ最中、とても助力を頼める状況ではない。
(どうすっかなー……)
 これを伝えてぬか喜びさせていいものか、イオリは悩む。しかし瀬奈が調べれば遠からず分かる事だ。教えた方が合理的だと判断し、結局イオリはこの事を教えることにした。

* * *

「そっか…、ラトニティア王国……」
 伝えられた瀬奈は、イオリが調べてくれたという事実にまず驚いた後、ぼーっとした声でつぶやいた。ここのところの疲れが一気に押し寄せてきたような気がした。
「わざわざ調べてくれてありがとう、すごく助かったよ」
 文字を読むのも一苦労な瀬奈にとって、とてもありがたいことだった。
 気の抜けた様子で礼を言う瀬奈に、イオリは気まずくなる。礼を言われてはいるが、余計なことをしたようで複雑な気分だった。
「私、もう寝るは……」
 瀬奈はそれだけ言って、自室に引き上げた。
「ラトニティア王国か……」
 扉に背を預けて瀬奈はぽつりと言葉を漏らす
 明美が暮らしているだろう国。
 彼女は帰り方を見つけたのだろうか。
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