白浄花の輝き編 第四部 終焉

二十四章 二度目の再会 

 エアバイクには、駆動音というものがほとんどない。偵察にはもってこいの乗り物だろう。
 瀬奈、イオリ、フォール、リオの四人は音もなく震源地へと進んでいった。
 トンネルの方もそうだったが、この地下通路もどこも同じようにしか見えず、どれくらい進んでいるのか判断出来なかった。
 しかしやがて動きが出た。一番前を走っていたフォールが右手を上に挙げ、停止を促したのだ。後続のリオとイオリはすぐさまブレーキをかけた。
「どうした」
 リオのハスキーボイスが通路にこもって響く。
 瀬奈もイオリとともにすぐに向かう。
 フォールが見ている方を見る。エアバイクのライトの明かりが帯のように照らし出している場所に、人間が二人倒れていた。
(ひっ!)
 死体かと思い、瀬奈は思わず後ずさった。
 こんな人気の無い地下通路に倒れているなんて、まるで昔見たホラー映画のようではないか。
 瀬奈がびびっている間、フォールとリオは無言で視線を交わし、銃を抜いた。そして、銃口を二人に向けながら、そっと近づく。一人は黒髪の少女で、もう一人は銀髪の少年のようだ。
「おい、生きてるか?」
 リオが銃の先で少女の肩をこづく。
 しかし反応がないので、手で肩を引いた。
「!」
 露になった少女の顔を見て、瀬奈は息を呑んだ。すぐ後ろで、イオリも息を詰めた。
「嘘……、なんで」
 倒れている少女は明美だった。
「明美!!」
 瀬奈は転がるように明美の元へと走り出す。
「え?」
 それに、フォールが目を丸くする。リオも驚いたように僅かに身を引いた。
「この子が、あんたの幼馴染み?」
 確認するように、リオが問いかける。
「そう! なんで……、何でこんなとこで倒れて……っ」
 明美の真横に膝を突く。そして答えながら、耳の奥で、心臓の音がこだまするのが聞こえた。
 何でもいいから無事を確かめたくて、明美の首の付け根に手を伸ばす。
(あったかい……。脈もある……)
 明美の顔色は悪いが、どこかに怪我をしているというわけでもなさそうだ。
「生きてる。良かった……」
 ほっとして体の力を抜いたら、勝手に目が潤んだ。
 この世界に来てから、涙腺が緩みまくっている気がする。泣きたくないのに。
 瀬奈は目元を指でゴシゴシとこすり、もう一度怪我の確認をする。
 よく見ると、あちこちに小さな擦り傷があった。でも、大きな怪我はない。
「おい、こっちも生きてるぜ。怪我がひどいけど」
 イオリに声をかけられて、瀬奈はもう一人の少年を見る。
 肩口で切りそろえられた銀髪をしていて、見目が整っている。最初は何となく少年のように思ったが、顔を見たら自信が失せた。
「……女の子?」
「いや、男だろ」
 瀬奈の疑問に、イオリがさらりと答える。
「何で分かるの」
「骨格が男」
「………」
 付け加えられて、瀬奈は反応に困った。骨格って……。
「まあいいや。そっちから診るよ」
 瀬奈は立ち上がり、今度は少年の傍に座る。
 頭から血を流している。確かにひどい怪我だ。
「こりゃ、多分肋骨が折れてるね」
 少年の体を服の上からポンポンと触り、かすかに漏れたうめき声だけでフォールはそう診断した。
「大きい怪我はそれくらいかな?」
「そう……」
 瀬奈の表情は暗くなる。どうしてこの少年はこんな怪我をして、明美とともにこんな場所に倒れていたのだろう。
 疑問は尽きないが、怪我を治すのが先だ。
 頭の怪我の方がひどそうだから、そちらから治すことに決める。そして、右手をそっと伸ばした。

* * *

 その場所には光がないようだった。
 黒で塗りつぶされていて、自分の指先さえ見えない。
 そこに、ふっと温かい光が灯った。
 あたたかくて、キラキラと淡いオレンジに輝いている。
 そうっと両手で包み込むと、重かった体が浮くような気がした。

「……?」

 意識が浮上してまず気にさわったのは、土と湿った匂いだった。加えて、独特の埃臭さが鼻についた。
 まだトンネルの中だったと思い出しながら、薄っすらと目を開ける。コンクリートの天井が見えた。
 しかし、異様に明るいような……。
 明美の記憶が正しいなら、トンネルには薄暗い照明しかなかったはずだ。
 そう思った瞬間、見知った顔が上から覗き込んできた。
「気がついた?」
「――セナ?」
 また予想外の人間が出てきたものだ。
 どうやらまだ夢の中にいるらしい。
「あんたがいるなんて、ここ、もしかして地球なの? 変な夢……」
「夢?」
 明美の呟きを拾った瀬奈が、目を瞬く。突拍子もないことを言われた時特有の、瀬奈の反応だ。久しぶりに見た。
 しかし、その反応に初めて疑問を覚える。
「――?」
 眉を寄せ、視線をずらすと、銀髪の少年が見えた。
 数秒凝視して、ようやく現実だと気付く。
「ツェル!」
 そして、それに気付いた瞬間、飛び起きた。
「怪我は! 何で起きてるのっ、寝てなさいよ!」
 明美の剣幕に、ツェルがたじろぐ。
「あ、あの……大丈夫です。その人が治してくれたので」
「治して?」
 また眉を寄せ、ツェルの視線の先を振り返る。
「あー……、私ね、〈治癒〉のハティナーらしいの」
 瀬奈が困ったように笑う。説明出来ない時の、瀬奈の癖だ。
 明美は思わず瀬奈に手を伸ばす。
「ヒタタタタッ」
「……本物? それとも私の神経が参ってんのかしら? まさか拓人まで隠れてるんじゃないわよね?」
 瀬奈の頬をつねりながら、周りを見回す。
 そこで、イオリと目があった。
「あら、この前の……。ということは、ここはザナルカシアってこと」
 考えるように呟く明美。
「ちょっともう! つねるんなら自分のにしなさいよっ!」
 今まで神妙にしていた瀬奈だったが、我慢出来ずに爆発する。明美の手を振り払って叫ぶ。
「大体、あんたはいつもいつもいーっつもそうよ! 私に対してすっごく失礼! 少しは遠慮ってもんを覚えたらどうなわけ!?」
 明美はいつも通り、半眼で返す。
「何で私があんたに遠慮しなくちゃならないの。紛らわしく出てくるあんたが悪いんでしょ」
「はあ!? こんなとこでホラー映画みたいに倒れてる明美がそう言う!? そうよ、何で倒れてるの? 女王様とやらはどうしたわけっ?」
 瀬奈の質問に、明美も質問をぶつける。
「それこそこっちが不思議だわ。何であんたがここにいるのよ、帰ったんじゃなかったの?」
 そう言いながら、ハッとする。
「あんた、まさか欠片を失くしたんじゃ」
「失くすわけないでしょ!」
 瀬奈は思い切り突っ込みを入れ、それから少し落ち着きを取り戻して言う。
「そんなことどうでもいい。また会えて良かった。私、あれから色々、反省したんだよ……」
 瀬奈は泣きそうな顔をして、俯いてしまう。
 明美は困った。
 むしろ反省するのも謝るのも自分の方ではないか。
「………」
 一言、言えばいいのだ。ごめん、と。
 でも、周りにいる人間に気がいって、なかなか口に出来ない。
 あの時の金髪の少年がいるのが尚更歯止めをかけてくる。不機嫌に睨んできているのが分かるし、見知らぬ女性もガンつけているのが分かった。加えて、後ろで心配そうに見ているツェルもいて、余計言えない。
 言えばいいのに。
 心底後悔したのだから。
 明美はギリギリと音がしそうなくらい唇を引き結んで葛藤していたが、やがて無理矢理口を開く。
「……ごめん」
 驚いたように、顔を上げる瀬奈。
「あの時は、言い過ぎた。私がどうかしてたのよ」
 言ってから、恐る恐る反応をうかがう。
 瀬奈は目を丸くしていたが、やがて笑った。
「ありがとう」
 何故かお礼を言われて、眉を寄せる。
「何でお礼言うわけ?」
「だって、嫌われたって思ってたから」
 瀬奈は嬉しげに微笑んでいる。
「それに、これなら元の世界に戻っても、拓人に怒られずに済みそうだし」
 付け加えられた言葉に、明美は首を傾げる。どうしてそこで瀬奈の弟の名前が出てくるのだろう。
「タクトって誰なんですか!?」
 後ろからツェルの狼狽した声が聞こえて、明美は改めてツェルの方を見た。
 何をそんなに慌てているのか。顔を赤くしたり青くしたりしている。本当に不思議な少年だ。
「瀬奈の弟」
「セナ? 前に言ってた人ですか? え? 何でここにいるんですか?」
 最もな疑問だ。
 そうだ、そういえばどうしてこんな所に瀬奈がいるのだろう。
 まず事情の説明をお互いしなくてはならなさそうだ。
 そう思った時、トサッと何かが倒れる音がした。
「セナ!」
「おい!」
 見知らぬ女性とあの金髪がそれぞれ声を上げる。
 嫌な予感がして振り返ると、瀬奈が地面に倒れこんでいた。


* * *

「ハティンの使いすぎ?」
 お互いに事情も話し、紹介もしあい、どうにか一段落ついて受けた説明が、そうだった。
 瀬奈が倒れたのは、使いすぎが原因らしい。
 明美はちらりと地下通路の端に広げた毛布で眠り込んでいる瀬奈を見た。熱も出ているらしく、苦しそうだ。
「でも私はあんな風になったことはないわ」
 明美が切り返すと、フォールはなるほどという顔をした。
「君もさっきまで怪我がないのに顔色が悪くて、昏睡してたんだよ。君もハティナーなら頷ける」
「でも、今は何とも無いわ」
「そりゃあ、セナさんが治したから、そうだろうね」
 フォールの言葉に、納得する。道理で、体の重さがなくなったわけだ。
 明美は小さく息を吐くと、瀬奈の方を見やる。
「こんな無茶苦茶なとこに来ても、変わんないわね。いっつも他人のことばっかり。馬鹿みたい」
「何だと貴様……っ」
 リオが我慢ならないとばかりに明美に詰め寄ろうとするのを、フォールが慌てて止める。
「ちょっ、落ち着いてよリオ!」
「これが落ち着けるか! 何だその言い草は! 貴様、セナの幼馴染みなんだろう!?」
 明美はフンと目を反らす。
「アケミさん、心配ならそう言えば言いと思いますよ? 誤解されてしまいます」
 やんわりと、ツェルが口を挟む。
「好きに取れば良いんだわ」
 明美はそれだけ返す。
 ツェルは苦笑する。
「良くないですよ。僕はアケミさんが良い人だって知ってますから、悪く思われるのは嫌なんです」
 明美はツェルをちらりと見る。
 アメジストのような目には、真摯な光が浮かんでいて、心からそう思っているらしいのが見て取れた。
「私はそんなじゃない。そういうのはあんたみたいな奴を指すのよ」
 ツェルは頼りないし弱弱しいけれど、素直で物腰は柔らかい。牢屋で告白された時みたいに、あまりに真っ直ぐな言葉を投げられて、こちらが恥ずかしくなる。
「あ、ありがとうございます!」
 ツェルは顔を赤くして礼を言う。そうしていると、ますます少女にしか見えないのだが、恐らくツェルは気付いていないのだろう。
 仲裁したことも忘れ、すっかり浮かれている。
 本当に素直だ。お陰でこちらの調子が狂う。
「――ところで、あいつらは何なの?」
 明美はぶっ倒れている瀬奈と様子を見ているイオリを指差しながら、フォールとリオに直球で問いかけた。
 看病くらい何でもない様子で瀬奈の横にいるイオリに、何故か腹が立ってくる。
 今は逃亡中でそれどころではないのだが、腹が立つのだから仕方が無い。
「何とは?」
 リオは首を傾げたが、フォールは意図することに気付いたらしい。
「いや、別に付き合ってないよ。僕がイオリに彼女の面倒みるように頼んだんだ」
 にっこり笑うフォール。
 リオは胡乱気な顔をする。
「頼んだ? フン、あれはむしろ脅したんだろうが。笑顔で脅すところがお前の嫌なところだな」
 フォールはあははと笑っている。あえて否定しないところを見ると、リオの言うとおりなのだろう。
「それにしても困ったね。あの様子じゃ、しばらく休ませてあげないと動けそうにないな」
 フォールが溜め息をつき、リオも賛同する。
「確かにな。私達だけなら偵察も出来るが……、さてどうするか」
 リオは明美とツェルをじろと見据える。
「お荷物も増えたことだしな」
 リオは明美とツェルにあまり良い感情を抱いていないようだ。態度に温度差がある。
 明美はそれを無視し、問題点だけ口にする。
「そうね、困ったわ。紫の将軍を気絶させてきたのよ。そろそろ起きるはずね」
「「は?」」
 フォールとツェルが口をそろえる。
「あんたを怪我させたの、ラチェスなのよ。覚えてないの?」
「……すみません」
 ツェルは身を縮める。あの時は一瞬すぎて、ほとんど何も覚えていないのだ。
「腹が立ったから、つい、ハティンを最大出力で使っちゃった。殺しはしなかったんだけど、まずかったかしら」
 淡々と呟く明美を、フォールは頬に冷や汗を浮かべて見る。
「えーと、ところで君のハティンってなんなんだい?」
 明美は言わなかっただろうかと考えながら、無感情にフォールを見返す。
「〈雷〉よ」

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