白浄花の輝き編 第四部 終焉

二十五章 絶たれた退路 

「〈雷〉のハティン……」
 神妙に呟くフォール。
「セナさんの〈治癒〉程じゃないけど、珍しいハティンだね」
「そうなの? ザナルカシアに来てから急に使えたし、よくわかんないわ。役に立つならどうでもいい」
 淡白な明美の返答に、フォールは面食らった様子だ。
「君って、セナさんとはだいぶ違う性格してるんだね。しっかりしてるというか、男勝りというか……」
「突然、言葉は通じるけど意味の分からない外国に放り込まれてみればいいわ。嫌でもこうなるわよ」
 明美は鋭く返し、ふいと目をそらす。興味が失せた、とばかりに。
「僕だったら多分、そのまま野垂れ死に確実ですね……」
 想像したのか、青い顔をして呟くツェル。
 それも聞き流して、明美は通ってきた道をじっと見る。黒い、黒曜石のような目には何も映っていないようにも見えた。
「フォールさんだったかしら? あなた達、まだ前に進む気?」
 振り向かずに、問いだけ投げる。
「まあね。ちょっと後輩に恩でも着せてみようかって思って」
 にこりとフォールが笑む。
「後輩?」
 ツェルが首を傾げる。
「ヴェルデリアの第一警備隊の隊長だよ。こいつの後輩なんだ」
「後輩ですかぁ?」
 ツェルは大きな目をますます大きく見開く。
「あなた、一体何者なの……?」
 明美は黒い目に不審の色を浮かべる。ヴェルデリアで一番の田舎都市とはいえ、そこの警備隊長をしていて、それなのに首都の地下を無断で探索? 訳が分からない。そんなことをして、よく無事でいられるものだ。
「うちの警備隊は田舎にあるが、隊員は曲者ぞろいなんだよ。こいつも色々と複雑で、ちょっとばかり特別ってだけだ。一々気にしない方がいい」
 リオの言葉はフォローになっているのかよく分からなかったが、明美はあえて深く突っ込まないことにした。どうせこちらは逃亡中の身で、ある意味最大の弱みを握られているといってもいい。下手に藪をつついて、蛇でも出てきたらたまらない。
「そう」
 だから、そう短く返した。
「あなた達が進むんなら、別に止めないわ。私達は勝手に亡命させてもらうし……。ただ、さっきも言った通り、紫の将軍が途中で倒れてると思うから」
 気をつけて、と続けようとした明美だったが、突然地面が揺れて言葉を切った。
「また地震だ!」
 フォールが眉をひそめ、周囲にすぐに姿勢を低くするように指示する。
 身体の中心を射抜くような重い衝撃がして、明美達の背後――ヴェルデリア方面への通路の天井が崩落する。
 ずしゃあという音とともに土で埋まり、拳大くらいのコンクリート片が地面を転がってくる。
 揺れが収まると、皆、何が起きたのかと周囲に視線をさまよわせた。
「嘘だろ……」
 リオの呆然とした声が響く。
 出口が土砂で埋まっていた。
 停めていたエアバイクはかろうじて無事だが、これでは帰れない。
「瀬奈は?」
 明美はハッとして、壁際で昏睡していた瀬奈を振り返る。
 イオリが瀬奈に覆いかぶさるようにして身を伏せているのが見えた。その背中にはいくつか小石がのっている。咄嗟に庇ったようだ。
「無事?」
 フォールの問いに、身を起こしたイオリが返事する。
「ああ、まあ。ちっと痛かったけど……」
 それから出口の土砂を見て、
「まあこっちに埋まるよかマシだな」
「確かに」
 フォールはフッと笑う。
「ごめん……」
 ふと下から謝る声が聞こえて、イオリはそちらに目を向けた。
「起きたか」
「さすがに起きるよ……」
 瀬奈は小さく答えて、ゆっくりと半身を起こす。身体に上手く力が入らず、しんどかった。
「痛いなら治すよ?」
「いいからあんたは寝てろ」
 イオリはめんどくさそうに言ったが、フォールの乾いた笑いでその主張は通らないのを悟った。
「そう休んでられそうにもないみたいだ」
「あ?」
 イオリは柄悪く聞き返す。フォールが地下通路の奥を微動だにせず見つめているので、そちらを見た。
 そこには男が一人立っていた。
 ゆらり、と立つ様は、どこか幽鬼じみている。
「逃亡者だけじゃなく、隣国の犬どももいるとはなあ。なぶりがいがある」
 口を開いた男は、おかしそうに口を歪めている。
「ラチェス……」
 嫌な物を見つけたように眉を寄せ、明美は立ち上がった。正面からラチェスと睨み合い、対峙する。
「この人が、さっき言ってた気絶させてきた人?」
 全く空気を読んでいない、のんびりした口調で訊くフォール。
「そうよ。〈爆発〉のハティナーで、紫の将軍で、嫌な奴」
 明美はきっぱり言い切った。
 ラチェスは片眉を跳ね上げ、明美に向けて皮肉家に笑う。
「隣国の犬まで引き連れて、ご苦労様。俺の手柄を増やしてくれてどうも」
 その皮肉に、明美も応戦する。
「あんた、思ったよりタフなのね。あれだけ電気を流してあげたのに、もう歩けてるなんて。……化け物?」
 そうして明美があくどい笑みを浮かべれば、空気は一気に冷え込んだ。


 一方、蚊帳の外に置かれた瀬奈達は呆然と二人のやり取りを見ていた。
「何なのこの応酬……」
 瀬奈は目を瞬いた。こんな明美、初めて見た。
「余程仲が悪いんだろ」
 どうでもよさそうにイオリは呟く。
「でも明美ってあんまり他人に関心示さないから、あれだけ感情丸出しなのって珍しいわ」
「あんたな、感心してる場合か? トンネルをあっさり崩すような奴だぜ。面倒ったらねえよ」
「そうだけど……」
 瀬奈は困ってしまう。そう言われても、そんな人相手にどう対処すればいいわけ?
「でもま、あんまりあのハティン使ってると、自分も生き埋めになるだろうからな。そこまで強いのは使えないだろうが」
「あ、そうよね」


 端でそんな呑気な会話をしているとは露とも思わず、局所的な吹雪の真っ只中に明美とラチェスはいた。
 無言で睨み合う空気を破ったのは、ラチェスの方だった。
 琥珀色の目に、ふいに力がこもる。
 その意味に気付き、明美は横に跳んだ。
 瞬間、地面が爆ぜる。
「また追いかけっこ?」
 次々に爆発していく地面を避けながら、明美はラチェスに訊く。
「うるせえ、てめえだけは殺してやる!」
 ラチェスは目をギラギラと輝かせ、ハティンを操る。


「何だ、あれは。地面が吹き飛んでるぞ?」
「そりゃあ〈爆発〉のハティンならそうだろう」
 目を丸くしているリオに、あっさりフォールが答える。
「色んなハティナーを見てきたけど、彼のはまた物騒なハティンだな。でもそれ以上に、それを避けてるあの子もすごい」
「しかし、このままだとまずくないか?」
 リオは真剣な顔で地面を見つめる。あまり衝撃を与えると、地下通路全体が崩落してしまいそうだ。
「まずいね。あの人、すっかり頭に血がのぼっているみたいだし……」
 言いながら、フォールはリオに手を差し出した。
「君がいっつも腰に下げてる、それを貸してくれないか?」
「これか? どうするんだ?」
 リオは腰の後ろにつけている二本の棒のうち、一本を抜き取る。取っ手を手にして強く振ると、棒がのびてトンファーの形になった。
 リオは格闘に長けていて、特にトンファーを愛用していた。それで、普段からこうして折り畳み式のトンファーを身に着けているのである。もちろん、金属製だ。
「避雷針」
 にっこりと笑うフォール。その笑顔はどうやって見ても胡散臭すぎて、リオは自然、顔をしかめた。心の隅で、楽しそうだなこいつ、と呟く。
 フォールは無造作にラチェスの方に近づいていくと、隙をついてトンファーをラチェスの足元に投げた。
「!」
 ラチェスの意識がそちらに向いた瞬間、フォールの意図を正しく理解した明美は、そのトンファーに雷を落とした。
「ぐあっ」
 ラチェスは短い苦鳴を上げ、その場に倒れる。
 雷は金属の表面を流れて地面に消えるものだ。金属が対象に触れていなくても、近くにいれば感電する確立は高い。
「全く、しつこいのよ」
 気絶しているラチェスを無感動に見下ろして、明美は不機嫌に呟いた。
 その後、明美はフォール達に縄を要求し、ラチェスを縛ると、せいせいした様子を見せていた。

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