白浄花の輝き編 第四部 終焉

二十六章 暴走 

「ねえ……出口塞がれちゃったけど、これからどうするの?」
 瀬奈の問いかけに、フォールは渋面になった。他のみんなも大体似たような顔をしている。
「戻れないなら、進むしかないね。問題は、逃げ場がないから、捕まる確立が高いってことかな……」
「そんなこと、言われなくとも分かっているは! ――確か、ラトニティアの現王都は旧王都の真下にあるそうだから、上に上がれればいいのだがな」
 どうやって逃げるかはひとまず置いておき、思い切りフォールに突っ込んだ後、リオが思案気に呟く。
 そしてちらりと、明美とツェルの方を見た。
「上に上がるには、エレベーターが一つあるだけよ。でも、厳重な警戒が敷かれているわ」
「そうです。前の王都には、灰胞子が充満していますから、細心の注意が必要なんです」
「灰胞子……か。確かに厄介だな」
 二人が言うのを聞いて、イオリは眉に皺を寄せた。
「ハイホウシ?」
 瀬奈は首を傾げる。
「核みたいなやつよ。原子力発電所みたいな発電所があって、それが事故で爆発したらしいわ。その時に、灰胞子が王都中を汚染したそうよ」
 明美が端的に教えてくれた。
 そうなんだ、と、瀬奈は目を瞬く。これだけ科学が発達しているのだから、原子力発電所のようなものがあってもおかしくない。
「まだ王都を漂っているみたいで、無闇に生身でうろついてると、肺が汚染されて、徐々に石化してくんですって。恐ろしい病気があったものね」
 淡々、と明美は言う。恐ろしいなんて本当に思っているのか、疑いたくなるくらい無感動な声音だった。
「で、それがあるから上? に逃げても駄目ってこと? そもそも“上”って何なの?」
 頭を疑問符だらけにする瀬奈に、ツェルが穏やかに説明する。
「ラトニティアの現在の王都は、地下都市なんですよ」
「そうなんだ」
 地下都市なんて見たことがないから想像がつかない。けれど、これから見ることになるのだろうなという予想はついた。
「ここで話していても仕方ない。王都に潜入しよう」
 フォールが小さく息をついて、切り出した。焦げ茶色の目は少し伏せ気味で、何か考え込んでいるらしい。
「そうだな。策はこいつに任せて、ともかく行こう。こういうのは、時間が勝負だからな」
 そう言ったリオは、にっと口の端を上げてみせた。
 こんな状況なのにどこか楽しんでいるように見えて、瀬奈は肩の力が抜けるのを感じた。
「うん!」
 そして、大きく頷いた。

 * * *

 点々と、赤いものが、白い石造りの洗面台に散っていた。
 ヒュウ、と、空気の擦れる音がしたと思ったら、空咳が出た。
「うう……」
 女王は苦痛に顔をゆがめ、口を手で覆った。
 その手の平にも、生温かい温度を感じた。
「陛下!」
 異変に気付いた侍女が駆けつけてきて、顔を青くする。
「い、今すぐお医者様をお呼びいたします! 陛下はお休み下さいませ!」
 そして、慌てた様子で、バタバタと部屋を出て行った。
 そんな侍女の様子に、女王は柳眉を寄せる。
 ――イライラする。
(わたくしはこんなに苦しいのに……)
 元気に動き回っている人間を見ると、無性に腹が立った。
 そして、いつも、その誰かを殺してしまおう、と心のどこかがささやく。健康そうな者を見るに耐えなかった。どうしても、自分の惨めさと比べてしまう。
 水を含んで、口の中に感じる鉄錆味のものを洗い流すと、女王はふらついた足取りで寝台へと向かう。
 途中で、テーブルの上に置いた<白浄花>が目に映った。
 その瞬間、女王を深い怒りが貫いた。

 これさえ手元に戻れば、石化病など治ると信じていたのに!

 衝動的に石を掴むと、床にめがけて思い切り振り下ろす。
 カシャン!
 ガラスの割れるような音がして、石は砕けた。
「あははははは」
 女王はざまを見ろ、と大声で笑った。
 役に立たないのなら、壊れてしまえばいいのだ。
 女王の笑い声が響く中、石に光が灯った。
(なに……?)
 思わず石を凝視した女王は、瞬きの後、石から放たれた眩い閃光に包まれた。


 雷が落ちたような、凄まじい音が地下王都中に響いた。
 続いて、地のうなるような揺れが起こる。
「な、何だ!」
「どうした!?」
 エアフロート置き場で、ラチェスが戻るのを待っていた近衛達の間を動揺が駆け抜けた。
「<紫>の将軍のハティンか?」
「まさか、それにしては大きすぎる」
「では、何なんだ!」
 ざわざわと言葉が投げられ、返される。
 ラトニティアでは滅多に地震は起こらないから、精鋭部隊ですらパニックに包まれつつあった。
「おい、通信が入った。静かにしろ!」
 近衛隊員の誰かが怒鳴り、周りが静まり返る。
「どうした」
『城で原因不明の爆発が起きた。場所は女王の居室からだ』
「何!? それで陛下はご無事なのか?」
『女王の安否は不明だ。ともかく、任務を中断し、至急戻られたし』
「了解。ラチェス様にも連絡願う」
『了解した』
 ブツリと通信機が消える。
「聞いていたな。戻るぞ!」
 通信をしていた近衛隊員の号令に、他の隊員達は緊張した面持ちで返事をする。
 そして、すぐさま城へと向かい走り出した。


「……?」
 エアフロート置き場に着いた瀬奈達は、人気のないことにそろって首を傾げた。
「おかしい。なぜ誰もいない」
 リオは怪訝そうに、エアフロート置き場の向こうをうかがう。
「足跡はあるから誰かがいたんだろうけど、どこかに行ったみたいだね。それも相当慌ててるみたいだ」
 エアフロート置き場を抜けた所の地面を見て、フォールが呟く。
「さっきの地震のせいじゃないか?」
 思い当たることを、イオリが問う。
「そうかな……」
 納得いかなそうなフォール。地震が起きた後に地下にいるなんて危険極まりないが、将軍を置いて、部下が先に帰るだろうか?
「これは使えそうだわ」
「こちらもです」
 考え込んでいる第五警備隊の三人を尻目に、明美とツェルはエアフロート置き場を物色している。エアフロート置き場には大穴が開いていて、そこにあったエアフロートは壊れていたが、穴から反れたもののいくつかは使えそうだった。
「何それ?」
 円形の鉄板にしか見えない瀬奈は、好奇心丸出しで二人に問う。
「エアフロートですよ。手軽な移動手段なんです」
 にっこりとツェルが笑い、
「拝借していきましょう」
 明美はにやりと笑んだ。
「最初は難しいかもしれないけど、すぐに慣れるわ。これがあれば、あんたも体力に負担をかけずに済むと思う」
「そうなの?」
 未だに頭がクラクラしているので、それはありがたい話だと思った。
「あなたたちならすぐ乗れるわよ」
 明美の言葉に、第五警備隊の三人は円盤をじっと見たまま、そうだろうかと考えた。

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