白浄花の輝き編 第四部 終焉

二十七章 潜入 

 王都には、思ったよりすんなりと潜入出来た。
 ドーム状の地下都市に、建物が並んでいて、ブロックごとに住んでいる者の階級が決まってくるらしい。
 今、瀬奈達はB区にいる。建物の陰で、通りの様子を伺っていた。フォールとリオは何があったか確認してくると、ここにいろとだけ言い残してどこかに去ってしまった。
「……慌しいな」
 通りを見ながら、イオリがぽつりと漏らした。
 制服でも目立たないフォールと違い、イオリとリオは目立つので、それぞれベストを脱いだり、上着を着てごまかしている。元々、偵察して帰るだけの予定だったから、服にまでこだわっていなかったのが失敗だったようだ。
「ほんとだね。どうしたのかな……」
 瀬奈はそのイオリの背中から少し顔を出して、通りを覗き込んだ。
 ツェルのような黒い服装をした人や、兵士のような人々が、通りをばたばたと走り回っている。ひどく慌てていることだけは見てとれた。
「あんた、体調はいいのかよ」
「うーん、良くはないけど、だいぶマシになったかな。歩かなくて済んだのが良かったみたい。……でも、あの円盤、スピードつきすぎて怖くない?」
「そうか? エアバイクの、足で立つタイプってだけだろ」
「……うん、ここの常識じゃそうなんだろうね」
 瀬奈は遠い目になった。
 あのエアフロートという乗り物、ブレーキをかけるのにコツがいるせいで、初めは怖くてスピードが出せなかったのだ。それなのに、第五警備隊の面々はすぐに慣れてしまうし……。単に、運動神経の問題なのだろうか。分からない。
「爆発!?」
 その時、通りの方で女性の声が上がった。
「火事じゃないの? 黒い煙が見えてるじゃない」
 問いかける女性に、話を回しに来たらしい青年が答える。
「その爆発のせいで、一部が燃えてるんだってよ。通信系等がやられたらしい。それで連絡が途絶えているって話だ。さっき近衛隊から聞き出したんだ、間違いねえ」
「最悪じゃない! どうするのよ、あそこが燃えたら、非常口が使えないじゃないの!」
「落ち着けって。今、消火してるとこだ。すぐに消えるさ」
 二人はそこで幾らか言い合いをした後、慌てたようにどこかに歩き去っていった。伝達にでも行ったのだろうか。
「お城で火事……? ねえ、今の聞こえた?」
 瀬奈は明美を振り返り、口を閉じた。
 明美が目を見開いて、青い顔をしていたのだ。

「そんな……」
 かなり衝撃的だった。急に膝から下の感覚が抜けたようだ。
「アケミさん、大丈夫ですか」
 ツェルが心配そうに訊くのも、聞こえなかった。
「私、行ってくる!」
 発作的に、明美は駆け出した。その腕を、ツェルが慌てて掴む。
「ちょっ、待って下さい、アケミさん! ここで出て行ったら、逃げてきた意味がありません!」
「放してよ、だって爆発って……っ」
「落ち着いてください!」
 ツェルはピシャリと言い放った。
「リゼさんのこと、忘れたんですか? 僕達を逃がして、残ったんです。彼女の犠牲が無駄になります」
 ツェルの静かで落ち着いた声音は、混乱に陥っていた明美の頭を沈静化するのによく利いた。
 明美は、その言葉ですっと頭が冷えたのを感じた。そうだ。あの人のことを忘れてはいけない。
「すみません……、きついことを言いました」
 怒鳴った後に後悔したのだろう。視線をうつむかせるツェルに、明美は首を振る。
「ううん、ありがとう」
 明美は小さく礼を口にした。

 二人の様子を見ていた瀬奈はほっとした。
(良かった。今出て行ったら、すごく危ない気がするもん……)
 王都中がピリピリしているのが分かる。
 処刑が決まっていた明美だ。見つかったら、きっとただじゃ済まない。
「アケミだっけ? あまり勝手なことするなよ」
 ほっとしたのも束の間。イオリの棘がたっぷり含まれた言葉に、瀬奈は固まった。
「ちょ、ちょっとイオリ……」
 慌てて止めようとするのだが、勿論聞くはずもない。
「あんたの行動で、全員捕まるなんて冗談じゃねえ」
 明美は無言で目を細め、イオリを睨む。
「分かってるわ」
 空気が冷ややかになっていくのを感じ、瀬奈は冷や汗が頬に浮かぶのを感じた。ツェルもおたついている。

「――潜入するんなら、もう少しマシな方法使えよ」

「わかっ……。……は?」
 頷こうとした明美は、眉を寄せた。
 瀬奈も目を点にした。今のって、幻聴?
「隊長達に任せてりゃ、忍び込むのなんて簡単だ。それに俺も機械士だ。細工は得意だぜ」
 イオリはにやりと笑い、腰に下げている工具を軽く叩いた。
「それに……どっちにしろ目指してるのはあそこの城みたいだし?」
 そう付け加えるイオリに、瀬奈は感動した。
「イオリ……、あんたってほんとに見かけと違って良い奴よね!」
「―― 一言余計だ、アホ」
「…………」
 それこそ一言余計だ。これさえ無ければ本気で“良い人”なのに、口の悪さが評価を大きく下げている。
 思わず半眼になる瀬奈だったが、すぐに笑顔になった。
「……ありがとう」
 明美が呟くように礼を言ったのだ。
 その後、明美もイオリも目を反らしてしまった。嫌っている者同士、返すべき反応に困ったらしい。
 それを見てつい笑いを零すと、ツェルと目が合った。それもおかしくて、二人で顔を見合わせて笑った。
 ひとまず、どこかギスギスしていた空気はどこかに行ってしまった。幸先が良い。


「待たせたな」
 戻ってきた隊長達は最初にそう詫びた後、行こうか、と切り出した。
「行こうかって……どうされるおつもりなんですか?」
 心配になったのか、ツェルが問いかけた。言葉遣いは丁寧だが、緊張しているのか声が固い。
「上に逃げるつもりなら、エレベーターを使うしかないんだろう? 今の騒ぎに乗じるしかない」
「つまり、強行突破ってことかしら?」
 フォールに、明美は問いただす。
「そんな乱暴なことはしないよ。敵地で無理したって良いことはない」
「こいつの言うとおりだ。通用口を見つけたから、そこから忍び込む。後は、どうにかするさ」
 リオは肩をすくめてみせた。
「つまるところ、行き当たりばったりってことか」
 ふんと鼻を鳴らすイオリ。目が不敵に閃いた。
(みんな、面白がってる……)
 第五警備隊の雰囲気を感じ取り、瀬奈は呆れた。敵地にいても、この人達は自信満々なのだ。ある意味すごい。
「――分かった。それしか方法はないんだし、出来るだけ協力するわ。城の中なら多少は分かるから」
「それなら心強い。じゃあ一つ、訊いていいかな?」
 悪戯っ子のような目をしたフォールが、にこっと明美に尋ねる。
「何?」
 質問の中身を聞いて、明美は僅かに首を傾げた。



「なるほどね。兵士に化ければ、ひとまず怪しまれねえな」
 城の中。
 近衛隊のロッカールームで、イオリは得心がいった様子で頷いた。
「はい。僕もこの方が助かります。神官服は目立ちますから……」
 近衛隊の格好をして、ゴーグルのついたヘルメットを被れば、ツェルの目立つ容貌は掻き消える。
「あなたの場合、神官服じゃなくて容姿が目立つのよ」
 明美はそう言いながら、手にしたヘルメットを見下ろして目をすがめた。
「……匂うわ。ちゃんと消臭しなさいよね」
 文句を言いながら、被る。
 リオとフォールはすでに着替え済みだ。物凄く様になっている。
「ねえどうしよう」
 瀬奈はロッカーを見て、顔を青くした。
「どうしたのよ?」
 振り返る明美。
「私の分、無いんだけど……」
 恐る恐る口にする瀬奈。室内が静まり返る。
「うわっ、ほんとだ。もうないよ!」
「困ったな。どうしたものか……」
「お前、ほんと使えねえなー」
「ちょっ、イオリ、今それ言う!? 私のせいじゃないじゃん!」
 フォールやリオがさして慌てた様子もなく考え込むのに対し、嫌味を言うイオリに、瀬奈は勿論食ってかかった。が。
「おい、まだ残ってるならとっとと出ろ!」
 扉がいきなり開いて、瀬奈は心臓が口から出るかと思った。
「うわわわわ……」
 意味不明な言葉を羅列する瀬奈を見て、入ってきた近衛隊の青年は怪訝な面持ちになった。
「何だ、貴様。何故ここにいる? 侍女室は向かいだぞ」
「ふわっ、はいっ! ごめんなさい! 間違えたんです!」
 混乱して涙目になりながら、必死に謝る瀬奈。勘違いしてくれているなら、それに乗っからない手はない。
「そいつ、新人だそうですよ」
 フォールが苦笑して青年に言った。
「新人か。それは災難だな、こんな大事の日に来るとは……。侍女は食堂で待機しているから、早く着替えてそちらに加わるといい」
「はいっ、ありがとうございます!」
 瀬奈は大きく頭を下げると、ロッカールームを飛び出した。
「お前らも、着替えたならすぐさま持ち場に向かえ」
 青年はロッカーから何かを取り出して懐にしまうと、指示をしてからロッカールームを出て行った。
「はい!」
 残った全員は、さも自分達が近衛隊であるかのように、声を揃えて返事した。


 ロッカールームの向かいにある侍女室に飛び込むと、瀬奈は大きく息をついた。
 心臓がまだバクンバクンいっている。ドキドキどころではない。
「良かった、誰もいない……」
 呟いて、部屋を見回す。今いる部屋には丸テーブルが一つと椅子が五つ程置かれ、テーブルの上には花を生けた花瓶が置いてあった。そして壁際にはベンチが備え付けられている。
 部屋の奥にもう一つ扉があり、開けると箪笥などが並んでいた。
 どうやら、休憩室と更衣室を兼ねているらしい。
「えーと……これかな……?」
 並んでかかっている灰色のワンピースを一つ手に取る。周りを見ると、帽子がかかっている。
 どう合わせれば良いか分からず、箪笥を片っ端から開けて、組み合わせを見る。
 それで四苦八苦しながらどうにか着替えることが出来た。着替える途中で、〈白浄花〉の欠片を侍女服に移すのも忘れない。
「こ、こうかな……」
 もし間違えていたらどうしよう。
(その時は新人で通すしかない!)
 瀬奈はグッと拳を握り、自分に言い聞かせる。それから侍女室を出ると、廊下で明美達が待っていた。
「明美、これで良いの?」
 頭の帽子を整えながら問うと、「そんな感じだったと思う」と短い返事が来た。
「うわ、セナさん可愛い」
 フォールは穏やかにそう言った。ヘルメットをしていて顔は見えないが、この空気だと絶対にこにこしているはずだ。
「そ、そうかな。ありがと……」
 普段あまりスカートをはかない方なので、どうにも慣れない。例え膝下までのスカートだろうと、スースーするのだから仕方が無い。
「ほんと、地味な色が似合うわよね、あんた」
 明美は感心した様子だったが、口にしている言葉にはカチンとくる。
「悪かったわね! 地味が似合う女で!」
 瀬奈はむくれながら、これを明美が着たら、多分高級ブランドに見えるのだろうと思った。灰色の制服がお嬢様学校の制服に見えてくるような奴だ、こいつは。
「と、とにかく行こう。もう緊張して緊張して、何か無理!」
 先に進もうとせっつくと、フォールが先頭に立って歩き出した。その後ろで、瀬奈の言葉にうけてしまったリオが肩を震わせていた。


「……本当にこっちで合ってるのか?」
 イオリは明美を振り返った。
 城の中を進みだしてだいぶ経つが、誰にも会わないことに疑問を覚える。
 それは他のメンバーも同じだった。
 白い大理石製の廊下が続き、煌びやかな装飾品が並んでいるだけだ。人気すらないのだ。
「確かにこっちのはずよ」
 怪訝そうにしながら、明美は答える。
「ねえ、何か焦げ臭くない?」
 瀬奈は周囲の匂いに眉を寄せる。
「ほんとですね」
 ツェルが不安そうに同意する。
「爆発があったのが、この辺りなのかもしれんぞ」
「それか、火事現場の近くなのかも」
 リオとフォールは冷静に言い合う。
「待て、誰か来る」
 ふと、音を聞きつけたリオが手の平を後ろに向けて制する。
「そこから外に出て。急いで」
 窓を指差して、フォールが指示する。一階だから、外に出ればやりすごせるはずだ。
「まずい、消火が間に合わない!」
「急げ! ロボットに水を運ばせるんだ!」
 男の声がわあわあと響き、ばたばたと足音が去っていく。
「……行ったみたいだ」
 窓の側の壁に背中を預けた格好で様子を伺っていたフォールは、近衛隊と思われる男達が去るのを見送る。
「これだけ広いと、消火も大変だな」
 同じくその背中を見送り、イオリが皮肉っぽく言う。
「ねえ」
 瀬奈はイオリに声をかける。
「何だよ」
「何でこんな立派なお城なのに、消火設備が整ってないの? おかしくない?」
「そういやそうだな」
 瀬奈の質問に、イオリも首を傾げる。
「ほんとですよ、おかしいです。城が火事になったら、消火システム“雨”が作動するって聞いてるのに……」
 この中で一番ラトニティアの事情に詳しいツェルが、不思議そうに、ドーム型の天井のスクリーンに映った“空”を見上げる。
「それって、天井から水を撒くって意味かい?」
 フォールも空を見上げながら訊く。
「そうです。なのに一滴も降ってきてないなんて……」
 ツェルの言葉に、全員が顔を見合わせた。
「ちょっと待て……。そのシステム、どこの経路通ってんだ?」
 嫌な予感を覚えて、頬に冷や汗を浮かべてイオリは問う。
「確か、エレベーターがある場所の施設を利用してるって聞いたことがあります……けど。まさか……」
 ツェル自身も、嫌な予感が胸をよぎる。
「爆発があったの、エレベーター周辺ってこと?」
 一人事態を飲み込めず、きょとんと尋ねる瀬奈。
 周りの空気が固まる。
「え? 何? 違った?」
「馬鹿ね! エレベーターが使えなかったら、どうやって帰るのよ! 少しは考えなさい!」
 きょときょとしている瀬奈の頭を、思わずといった調子で明美ははたいた。
「言われてみれば! ど、どうするの?」
 さーっと青くなった顔で、瀬奈は皆を見回す。
「……一度行ってみないと、分からないよ」
 フォールは苦笑し、さっと周りを見る。
「よし、このままこの道を通ろう。廊下にいるよりは見つかる危険も少ない」
「了解」
 リオとイオリが敬礼で返し、残る三人は頷いて了承した。
 どっちにしろ一か八かなのに変わりはない。やってみるしかないのだ。
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