白浄花の輝き編 第四部 終焉

エピローグ それぞれの道 

 道の上を滑るようにエアバイクが駆けていく。駆動音はなく、風が耳元でビュウビュウと音を立てている。
 街の外が見てみたいと言ったら、休日に連れ出してくれた。
 それで、瀬奈はイオリの運転するバイクの後部座席に乗って、平原を駆けていた。
「本当にいいのか」
 イオリは前を向いたまま、ぽつりと問いを零した。きっと随分前から気になっていたことなのだろう。
 その言葉が何を指しているのか、瀬奈にはすぐに分かった。
「いいの!」
 瀬奈は風に負けないように、大きな声で答えた。


 ――惑星の管理人に会ったあの日、明美は管理人に交渉し、ラトニティアに残っていた他の逃亡メンバーも一緒にヴェルデリアに飛ばしてもらった。
 その日から数日のうちに、色んなことが変わった。
 ヴェルデリア国とラトニティア王国の間で冷戦が終結し、二つの国は友好国になった。
 ヴェルデリアを嫌っていたラトニティアの女王が崩御した影響もあったが、それには裏がある。〈白浄花〉を使い、首都中の汚染された空気を浄化したのが、たまたま潜り込んでいたヴェルデリアのスパイだという噂を、惑星の管理人にこっそり流してもらったのだ。監視カメラの映像に、その時の光景もしっかり残し済みだ。瀬奈の後姿だけだが、それだけで十分のはずだ。この国では黒髪は珍しいから。
 情報操作は管理人には得意事項だったらしい上、二国間の不穏な状況を気に入っていなかったらしく、あっさりやってのけてくれた。管理人曰く、戦争は技術発展に否応なく関わってくるから、だそうだ。しかも機械大国同士だったので尚更だった。
 〈白浄花〉の石を、女王が盗み出させていた事実も公表された。ヴェルデリアからの追求を逃れる意図もあったのかもしれない。
 そんな裏事情はともかく、随分平和になった。街中でのテロもなりを潜めている。
 瀬奈達は、フィースで亡命してきた明美とツェルを擁護しつつ暮らしていた。けれど、一月も経った頃、国の復興を急いでいるラトニティアから、明美達に国に戻らないかという打診が来た。
 差出人は、明美の恩師という女性。
 なんでも、明美を逃がしたことで罪に問われていたが、女王が死んだことで無罪になったらしい。国一の秀才と呼ばれる程の人だったから、らしいが瀬奈は詳しいことはよく知らない。ともかくとして、その人が上役に頼み込まれて、復興に力を貸す条件にその話を出したんだそうだ。
 話を聞いた時は、立場的には低いのに条件を出すなんて、なんて偉そうなんだと驚いたものだが。
 それで明美はツェルと共にラトニティアに戻った。今頃は、復興に奔走していることだろう。
 一緒に来ないかと誘われたけど、断った。他にしたいことがあったから。


 つまり、イオリが訊いたのはそういうことだ。
 あれだけ幼馴染み云々といって一喜一憂していたのだから、イオリの目には不可思議なことに映ったのだろう。
「私、やってみたいことが出来たの!」
 瀬奈はまた大きな声を出す。
 やりたいことがある。なんて楽しいことだろう。
 自分がハティナーで助かった。協会が保護してくれるから、ひとまず生きていく術は出来た。だから、心配することはそれほどない。
「機械士の学校に行くことか?」
 イオリの怪訝な声。
「それは第一歩。第五警備隊の皆の手伝いするのが目標!」
 誓いの宣誓でもするみたいに、瀬奈は声を張り上げる。
「ふうん、いいんじゃねえの」
 少しばかり嬉しそうな声が、風に流れてくる。
 それに瀬奈は笑う。
「頑張るわ!」
 大声で言いながら、瀬奈は後ろを振り向く。
 フィースの青灰色の町並みが遠くに見えた。その姿は薄青い空を背にして、静かで落ち着いた佇まいを見せている。
 ここが、瀬奈の第二の故郷になるのだ。
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