虹色のメロディ編 第一部 腕輪編

三章 試行錯誤

「か、監視下って……」
 それってもしかしてお家に帰れない……とか?
 瀬奈は恐る恐るクライト達三人を見る。
「ああ、大丈夫よ。そんなに心配しなくていいわ。ただ、こちらで貴女の居場所を確認出来るようにさせて貰うだけ」
 三人の中で一番まともそうなノイアの説明に、瀬奈はほっとする。
「なんだ、そういうこと。でも、どうやって?」
「発信機を持ってて欲しいの。そうねえ、女の子だし、これでどう?」
 ノイアは鞄の中をごそごそと漁り、いくつかの小箱を取り出して、そのうちの一つを選び取る。小箱の中身は、女性向けのネックレスだった。細い鎖に、指先ほどの小さな石が付いている。
「これが発信機?」
 渡されたネックレスをしげしげと見つめる瀬奈。
 すると興味を覚えてか、リオとイオリも横から覗き込む。
 リオは感嘆の声を漏らす。
「へえ、こんなもの、初めて見たな」
「最新式よ。出来ればピアスの方が良いんだけど、穴を開けていないから、そっちね」
「ピアスもあるのか?」
「指輪型もあるわ。それに、最近はスパイ相手に渡すプレゼント用に、盗聴器が付いてるのもあるのよ。リオさん、興味あるのならカタログを回しましょうか」
 ノイアはにっこりする。中身は至って物騒だが、最後だけを聞いていると雑誌の話をしているように聞こえる。
「あ、そうそう。これには盗聴器はついていないから。安心してね」
 安心させるように、ノイアは瀬奈に言う。気配りも忘れない。本当に女性の鏡みたいだ。
 瀬奈の中で、ノイアの好感度がポンと跳ね上がる。
「はい」
 瀬奈は頷いて、ネックレスを付ける。
 アクセサリーの類はほとんど持っていないのに、今身に付けているのはどっちも物騒だ。なんだか女としては複雑な気分。
「今のところはそれで十分ですが、身辺にはくれぐれも気を付けて下さい。外出は出来るだけ控えて、人気の無い所は避けること。それから、夜に外出する際は、第五警備隊に連絡して行動を共にして貰って下さい」
 ロバートが、注意事項を淡々と述べる。
「お前、まるで父親みたいだな」
 クライトが茶化すと、ロバートはじろとそちらを睨む。
「何言ってるんですか。私は警備隊員として、当然の注意をしているんです」
「ああ、はいはい、悪かったよ」
 横を向き、ひらひらと面倒そうに手を振るクライト。
「ま、対策はそんなとこだな。腕輪については、壊せそうなら壊してくれていい。そんな厄介な代物、なくて構わねえ」
 クライトはそう言うと、すっと立ち上がる。
「じゃ、話もしたことだ。俺達はそろそろ行く。結局、オラニス博士には逃げられたから、足取りを追う。また立ち寄るだろうが、その時はよろしく。それから、適宜報告を入れてくれ」
「了解した。フォールにも伝達しておく」
 リオはしっかりと頷く。
 そんなリオにひらりと手を振って、そのままクライトは出て行く。他の二人も遅れることなくついて出て行った。
 出入り口の扉が閉まるなり、瀬奈は肩の力を抜く。
「うあー、なんかすっごい疲れたー」
「はは、お疲れ様。待ってな、何か飲み物ついできてやる」
 励ますように瀬奈の肩をバシッと叩き、リオはきびきびとした足取りで台所の方に向かう。
「――お前、散々だな」
 同情たっぷりの目を瀬奈に向け、イオリはしみじみと言う。
「私もそう思う」
 口から勝手に溜め息が零れる。それも仕方ないと、誰にともなく心の中で言い訳した。


 壊せそうなら壊してくれていいという、第一警備隊隊長直々のお墨付きも出たので、早速腕輪の破壊活動に入ることにした。
 第五警備隊所属の専門機械士はイオリだけなのもあり、隊長達から、最優先でそっちを試せと命令がきた。ま、言われずともそうしていただろうが。
「ったく、何の素材だこれは? 初めて見るな……」
 イオリは右目に、電子型のモノクルを頭から被せて装着し、拡大しながら腕輪を観察する。腕輪を構成している金属部分は、ぴたっとはまっていて、僅かな隙間すらあいていない。これでは、隙間からこじ開けるのは無理だ。
 小テーブルを挟んで向かい合わせに座っている瀬奈が、小首を傾げる。
「え? 鉄かアルミじゃないの?」
 瀬奈の左腕を取って、まじまじと腕輪を観察しているせいか、瀬奈が微妙に身を反らしながら訊いてくる。前々から薄々感じていたが、どうも瀬奈はスキンシップの類が苦手らしい。この国の人間はそれ程スキンシップが激しい方ではないはずなのだが……。
 まあ、それは置いておこう。どうでも良い話だ。
「見た目は似てるけどな。合金かとも思ったけど、それも違うらしい」
 小型スキャンで測定したら、測定不能(エラー)と出るのだからお手上げだ。
「隊長、新しい金属が発明されたとか、そういう情報は入ってないか?」
 イオリは、瀬奈の隣でコーヒーを飲みながら報告書に目を通しているフォールに尋ねる。
 フォールは思案げに黙り込み、すぐに首を振る。
「いや、そんな情報は現時点ではないな。どうしたんだい?」
「測定不能(エラー)が出るんだよ。こいつの故障か、もしくは新素材かどっちかだろうと思ってさ」
「まあそうだけど……、それ、買ったばかりのはずじゃなかった?」
「じゃあやっぱり新素材かな? どっかに論文出てねえかな」
 知的探究心がムクムクと湧き出てくる。後で問い合わせてみるか。
 そんなことを頭の隅で考えていると、瀬奈がじれったそうに口を開く。
「もう、新素材でも何でもいいから。これ、外せるの? 無理なの?」
「さてねえ。よし、ちょっと待ってろ」
「え?」
 きょとんとする瀬奈を置いて、機械部品や道具などが置かれた倉庫に行く。そして、目当ての物を見つけると、ロビーに戻った。
 イオリの手にした物を見て、瀬奈が頬を引きつらせる。
「ちょ、ちょちょちょ、ちょーっと待った! 何それ! 何する気!?」
「え? 何って、切れるか試してみんじゃねえか」
 イオリは小型の電動鋸を持ち上げ、にんまりする。
 みるみるうちに顔色が悪くなる瀬奈。
「大丈夫だって、俺を信用しろ」
 そう言うと、「無理……」と即答された。


(ヒィィィィ、無理無理、怖すぎだから。あああ、神様仏様、どうかお守り下さいーっ!!)
 瀬奈は内心で必死に念仏を唱えたり、祈ったり、悲鳴を上げたりしながら、必死に目を反らしていた。
 ギュイイイン、という嫌ぁーな音を立て、電動鋸(でんどうのこぎり)がうなる。
「いいか。絶対、動くなよ」
 イオリがしっかり念押ししてくる。
「わわわ、分かったから。とっととして!」
 気分は、歯医者に虫歯の治療に来たチビッコと一緒だ。
 歯科医――この場合はイオリが大変不気味に見えてくる。
 瀬奈は小テーブルに左腕を置いたまま、泣きそうになりつつ横を見る。火花が飛ぶと危ないからと、腕輪以外の肌の所には耐火性の布を置かれた。準備は万全とはいえ、電動鋸を生身の腕に近づけられるという恐怖が去ったわけではない。
 瀬奈の催促に、イオリは頷いてから、電動鋸を腕に近づける。
 そして、きっちり腕輪部分にだけ刃先を押し付けた。――すると。
 ガガッカッギッガガガ、と妙な音が響いた。
 電動鋸の止まる音も聞こえたので、瀬奈は反射的に閉じていた目を開ける。
 そうしたら、ショックを受けたように呆然としているイオリがいた。どうしたんだろう、と見ていると、「ありえない」と呟いた。この世の謎でも目にしているようだった。
「嘘だろ!? 工業用だぞこれ! それが、こんな……傷一つ付けられねえなんて……」
 電動鋸の歯を見ながらそう呟いているので、瀬奈もそちらに注目した。
 なんと、歯がことごとく曲がったり欠けたりしている。加え、鋸の歯自体が歪んでいるようだ。
「――これはまた、厄介な代物だね」
 流石のフォールも、表情を曇らせる。困ったように頬を掻く。
「これで駄目なら、壊すのは無理だな。諦めろ」
 そして付け加えられるイオリの駄目だし。
「あ、きらめろって……、そんなあ!」
 瀬奈と腕輪の付き合いが決定した瞬間だった。
「ううー……、なんでこんな厄日なの。私、何かしましたか」
 へこたれてそう呟くと、誰も何も言わず、憐憫の眼差しを寄越した。
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