その日、珍しくヒルが一人で瀬奈のアパートの部屋を訪ねてきた。
何故か知らないがやけに不機嫌で、むすっとふて腐れた顔をしている。
「どうしたの、一人なんて珍しいね。ヨルは一緒じゃないの?」
不思議に思って訊いただけだったが、「ヨル」という単語が出た瞬間、ヒルの眉が瞬時に寄せられた。
「ヨルのことなんか知らない」
四人掛けのテーブルにフルーツティーを淹れたティーポットを置く瀬奈の前で、ヒルは頬をぷくりと膨らませ、そっぽをむいた。瀬奈は小首を傾げ、ティーカップを運び、常にテーブルに置いているクッキー缶の蓋を開け、席につく。
「あらら、喧嘩?」
「……違う」
視線は横にずらしたまま、ヒルはむすーっと呟く。
怒っているというより、むしろこれは拗ねているように見える。
「ヨルってば、あのレクって人のことばっかり話すし、メールするし、遊びに出かけるのよ。私が男の子が苦手なの知ってるくせに、私も一緒に遊ぼうなんて言うの」
「ふぅん、なるほどね」
つまりは、いつも双子で一緒にいたのに、ヨルにレクという友達が出来て放置されていることに腹が立つわけか。
「私、あの子嫌い」
ヒルはそうぽつりと呟いて、それっきり黙り込んだ。
頭が良すぎるせいで周囲から不気味がられていたらしい双子だ。当然、二人には友達がいなかった。常に双子で一緒だったから友達を作る必要性も感じなくて、それなのに肝心の片割れに友達が出来てしまい、初めての状況にどう行動したら良いか分からないのだろう。そしてその不安のベクトルが、友達であるレクに向いてしまった、というところか。
瀬奈は簡単に推測して、むくれている可愛い年下の友達を僅かに苦笑しつつ見つめ、
「もう、可愛いなあ!」
思わずヒルの頭に手を伸ばして、わしゃわしゃと撫でまくった。
「きゃ、何、セナ!?」
まさか悪口を言って可愛いと言われるとは想定外で、ヒルは目を白黒させ、瀬奈の手をどかそうと奮闘する。
何となく満足して手を放すと、瀬奈はにっこりと笑う。
「ヒルは、ヨルのことが大好きなんだね」
「……そりゃ、ヨルだもん」
少し照れ臭そうに、ぼそぼそと呟きが返る。
「ずっと一緒にいたいって気持ちもよく分かるよ。仲の良い兄弟なら尚更だよね。でもね、ヒル。ヨルは初めて友達が出来て、一歩外に踏み出したんだと思う。それはヨルにとってすっごく良いことだと思うんだ」
瀬奈がゆっくりと話す言葉を、ヒルは神妙な面持ちで聞いている。
「ほら、今まで同年代の友達っていなかったんでしょ。大きな一歩だと思わない?」
「……そう思う、けど」
ヒルはうつむいてしまう。頭では理解していても、寂しい気持ちが追いついていないのだ。
「それに、ヨルが一緒に遊ぼうっていうのって、嫌がらせで言ってるわけじゃないと思うよ。ヨルはヒルにそんなことしないでしょ?」
これにはヒルはすぐに頷いた。
瀬奈はヒルの深い緑色の目をじっと見つめ、真面目に悩む姿がやっぱり可愛くて小さく笑ってしまう。
「それって多分、ヨルにとって楽しいからじゃないかな。いつも楽しいことは二人で半分こにしてたから、今度のことも共有したいのかもね。これは私の推測なんだけど」
「じゃ、じゃあ。ヨルは私のことなんかどうでも良くなったんじゃなくて……」
「どうでも良くなかったら、誘わないと思うよ?」
断言すると、ヒルの顔がくしゃりと歪んだ。
「そっかぁ、そうなんだ、良かった……。でも、駄目なの。私、男の子は苦手なの。ヨルの頼みでも無理なんだよ、どうしたらいいの」
十四歳なんていう難しい年頃だ。ただでさえ男子に対して潔癖になりやすい時期なのに、ヒルは過去のトラウマからか男子が苦手である。
瀬奈は少し困った。ここはヒルも同性の友達を作るべきだと言いたいところだが、あいにくと女の子の知り合いはいないから、ヨルの時のように紹介は出来ない。
「そんな、無理して仲良くしなくて良いと思う。無理したら、無理した分だけ嫌いになっちゃうと思うし……。ここはあえて距離をとっておいても良いと思うよ。少しずつ慣れていけばいいよ。レクは良い子だから、意地悪したりもしないだろうし」
「……ほんと? 私、嫌な子じゃない?」
ヒルは僅かに目を潤ませて問う。瀬奈は目を瞬いた。
ヨルのこともあって寂しいだけなのかと思ったが、大事な兄弟の友達に対して仲良く出来ないことに対し、自分の懐の狭さへの自己嫌悪まで混じっていたのか。
「全然嫌な子じゃないって。そうやって悩んでるんだもん、ヒルは優しいよ」
そう言いながら、ああそういうことかと気付く。
「もしかして、自分の態度のせいで、ヨルの印象も悪くしちゃうんじゃないかって心配してた?」
ヒルは目を丸くして、わずかに首を傾げ、うーんと唸る。
「……よく考えたら、そういうことなのかな。セナはすごいね、何でそんなに分かるの?」
「伊達にお姉ちゃんしてないから。何となく分かっちゃうだけ。ヒルとも付き合い長いもんね」
にこっと笑うと、ヒルは少し顔を赤くしてうつむいた。
「いいな、セナの弟が羨ましい。私にもセナみたいなお姉ちゃんがいたら良かったのに……」
「んふふ、ありがと。でも私、ヒルのこと、妹みたいに思ってるんだけどね?」
「ほんと?」
ヒルの顔がパッと明るくなる。
「ほんとよ。私の方が教えて貰ってばっかで悪いんだけど……。相談くらいならいつでも乗るから、気にしないでいつでも来ていいよ。愚痴って溜め込むと身体に悪いしね」
「うん! ありがとう、セナ。私、頑張ってみる」
「ほどほどにね」
気持ちを持ちなおしたらしいヒルに、瀬奈はやんわりと付け足す。ヒルは根が真面目なだけに、頑張りすぎるところがある。しかもヨルといる時以外は大人しい性格だから、抱え込みがちだ。ヨルみたいに自由奔放な性格ならば苦労も少ないだろうにとたまに思う。
「あ、そうだ。ヒル、折角女二人だし、これから出かけない?」
「えっ?」
ヒルは驚いた顔をし、が、すぐに期待で表情を輝かせる。
「甘い物でも食べに行こう」
「やった〜」
歓声を上げるヒル。
元気になったヒルを見て、瀬奈は安堵して微笑む。うん、やっぱりヒルは笑ってた方が良い。
そして、その日は東区のショッピングモールでめいっぱい遊んだ。
*
「ただいま」
「おう、お帰りヒル」
第六研究所のすぐ側にある一軒家が、ヒルとヨルとその祖父の住む家だ。双子達に父母はいない。正確にはいるのだが、小さい頃に離婚して、その際に祖父が双子を引き取ったのだった。
六十代である祖父はいつもピンシャンしている。インドア派な双子と違い、どちらかというとアウトドア派で、郊外に小さな土地を買っていて、そこで畑を営むのが目下の趣味である。
そして今日は庭で日曜大工をしている。形から察するに、今日の作品はベンチだろう。
「ヨルが友達を連れてきてるぞ」
ヒルは顔をしかめた。折角瀬奈と二人きりで遊んで楽しかった気分が一気に盛り下がる。でも、相談したせいか、少しくらい歩み寄ろうかという気にはなっていた。顔をしかめてしまうのはただの条件反射だ。
「分かった」
短く答えて家に入ろうとするが、その前に祖父が呼びとめる。
「珍しいな、買い物にでも行ってたのか?」
「うん、セナん家に遊びに行ったら、一緒に行くことになって。楽しかったよ。見て、これ、セナが買ってくれたの」
猫の形をした黄色いぬいぐるみを自慢するように見せる。
双子と同じ灰色の髪をした祖父は、若干鋭い目を優しげに緩めた。
「そうかい、それは良かったな。今度、お礼に何か持っておいき。そうだ、ワシの作ったものなんかどうだ」
「うん、今度聞いてみる」
ヒルは頷いて、今度こそ家に入った。
「ヨル、ただいま」
リビングに顔を出すと、シューティング式の対戦ゲームをしていたヨルが顔を上げた。
「お帰り、ヒル」
「お邪魔してます」
ヨルの隣に座っていたレクも顔を上げて挨拶する。ヒルは小さく会釈して、そのままキッチンへと行く。
適当にジュースをついで、ソファーに座る二人の前にお盆ごと置く。
「はい、ジュース。ヨル、お客さんにはジュースくらい出したら」
いつもだったら無視して二階に上がってしまうヒルを見て、ヨルは目を丸くし、それから嬉しそうに笑う。
「ごめんごめん、ゲームに夢中で忘れてた。ありがと、ヒル。ヒルもゲームしない?」
「ううん、私はいい。こないだ発表された論文を読みたいから」
それにはいつものように断って、ヒルは部屋を出る。が、戸口で立ち止まり、難しい顔で振り返る。
何だろうという様子でヒルを見るヨルとレク。
「……………ごゆっくり」
無理矢理ひねりだすようにそう言って、ヒルは二階にある自室に行く。
(い、言えた。言えたよ、セナっ)
扉を閉めて、自分自身にガッツポーズ。無理しなくていいと瀬奈が言ってくれたから、なんだか勇気が湧いてきたのだ。
ヒルにとって大きな一歩を踏み出した瞬間だった。
「……びっくりした」
ヒルの姿が消えると、レクはぽつりと呟いた。
いつも邪険にされていたので、ごゆっくりなんて言われたのには正直驚いた。
機嫌が良かったのかなあと首をひねる。
「僕も。ヒル、何かあったのかな」
「?」
「心境の変化が起きるようなこと、がだよ」
「そうだな。彼女は男嫌いなんだから、好きな人が出来たとか?」
レクの推測に、ヨルは握っていたコントローラーのボタンをぐしゃっと全部押してしまった。
ちゅどーん!
二人がしているのは、地雷を避けながら前進し、前に現れる敵を撃つという単純なゲームだ。そのゲーム画面の中で、地面を駆けていたキャタピラつきの戦車が、地雷を避け損ねて爆発する。
「あっ!」
それにヨルは声を漏らし、ダブルで受けたダメージに無言で顔を覆う。
「……ヒルに好きな人。ヒルに好きな人。ヒルに……」
ぶつぶつと呟いていたが、ややあって憤然と立ち上がる。
「そんなの、僕が認めるもんかっ! ヒルーッ!」
そして勢いのまま二階の自室へ駆け上っていく。
びっくりしているヒルに問い詰めたヨルだが、冷めた目で「馬鹿じゃないの」と言われて部屋を追いだされた。
「ヒルが冷たい……」
とぼとぼとリビングに戻って来る友達を、レクは面白い物を見る目で見る。
「で、結局なんだって?」
「セナと遊んできて機嫌が良かっただけっぽい。ああ、良かった」
「そんなに嫌か? 兄弟に好きな人が出来るの」
一人っ子のレクには理解の出来ない感情だ。
レクの不思議そうな問いに、ヨルは首を傾げて唸る。
「うーん。嬉しいような、嬉しくないような。とりあえず、ヒルと付き合うんだったら僕らにまず知識で対等に張り合って貰わなきゃ駄目だね。馬鹿は却下。ま、ヒルは賢いからそんな奴は選ばないはずだと思うけど」
「はは、なかなか難しい条件だな」
レクは小さく笑いを零す。そこまで熱心に家族のことを考えるヨルを好ましく思う。
家族というものは面倒臭いとレクは思っていた。何をするにしても、家族はどこにでも付きまとう。でも、面倒なのが家族で、それでいて離れがたいものなのだ。とはいえ、それでも家族の為に熱心に動こうという気が起きないレクとしては、ここまで一途に考えられるヨルは輝いて見えた。自分にないものを持っている、そういうものへの憧憬か。
……それにしても、こんな双子達に懐かれている瀬奈はただ者じゃないとレクは思う。
レクみたいに協調性がない上に人見知りが激しいなんていう、自分でも面倒な性格だと思うのに、それすら内包していつの間にか友達になっているのだから。アンジェリカのさばさばした性格もなかなかのものだが、彼女はどちらかというと積極的に人に関わろうとする種類の人間ではない。きっと彼女は瀬奈と仲が良いから、自然とレクにも親切にしてくれるのだ。
「そっか……!」
急にヨルが目を輝かせて手を叩いたので、レクは考え事から意識を引き戻し、ヨルを見る。
何を思いついたのか、ブルーグレーの目がやけに生き生きと輝いている。
「そうだよ、レク、君がヒルと付き合えばいいんだ」
「!?」
レクは驚きの余り、ぽかんと口を開けてヨルを凝視する。
何をいきなりとんでもないことをいうのだ、こいつは。頭が良い癖に馬鹿なんじゃないかと疑心を抱く。
「だって君、分野は違うけど頭良いしさ。僕の初めての友達だし、君だったら許すよ!」
天命でも受けたみたいに溌剌と話すヨル。
(待て。落ち着け。そもそも、許すってなんだ、許すって)
若干混乱しているせいか、いらないところに引っかかる。
「いや、悪いがヨル。許す以前に、俺は別にそんなのどうでも……」
「なんだよレク! ヒルが気に食わないっていうの?」
「は? 何でそうなる」
ヒルの態度が少し軟化すれば良いなと思うくらいで、それ以上親しくなろうなどとは考えてもいないレクである。
が、双子の妹大事の兄にはレクの考えなど通用しない。
「ヒルはねえ、真面目だし、良い子だし、掃除好きだし計算速いし。静かで落ち着いてて、賢いんだよ!」
(計算速いは褒め言葉か?)
途中で織り交ぜられた言葉に、レクは内心で首を傾げる。
「しかも可愛いし。あれ、そうなると僕と同じ顔だから僕も可愛いってなっちゃうな。じゃあ格好良い? うーん、顔良いし、良しこれだ!」
「落ち着け。ナルシストぶらなくていいから」
「何言ってんだよレク、僕は不細工じゃないよ?」
「ああもう! さっきから話がずれまくりだ! 何が言いたいんだ、お前」
支離滅裂なヨルを前に、とうとうレクはぶち切れた。
「だから、ヒルがどれだけ素晴らしいかっていう話だよ」
「妹自慢なんて別に聞きたくない」
「はーああ、折角申し出てるのに。まあいいや。とにかく、レクだったらいいなっていう希望的観測だよ。今のヒルじゃ厳しいし、おいおい頑張って」
「…………」
本当に自由な奴だ。
レクが何か言う前に、全部自己解決して満足している。
(なんか疲れた……)
疲労感たっぷりに溜息をつくレク。
それから以後、事あるごとにこの話を持ち出されるとは、夢にも思っていなかった。
「ねえ、あなたヨルに何言ったの?」
その日から一週間もしない内、ヨルを訪ねてハリシエル家を訪れたレクは、ヒルの冷たい視線に出迎えられた。
「は?」
ヨルの冗談――レクはそう思っていただけで、ヨルは本気だった言葉をすっかり忘れていたレクは、何故この双子の片割れから突き刺さるような目で見られなくてはいけないのだろうと、頬を引きつらせた。
ヒルは説明が足りなかったのかと思ったのか、更に付け足す。
「何か知らないけど、やたらあなたのことばっか褒めるの。別に聞いても楽しくないんだけど、何があったの?」
確かに、そこまで仲の良くない人間の長所ばっかり聞いても面白くも何ともないだろう。
とはいえ、そんなにはっきり言わなくてもと思う。やっぱり態度の軟化は望めないのだろうか? レクは内心で密やかな溜息を漏らす。
が、追いついて理解した内容に首を傾げる。
「いや、俺も分からないけど。そういや、最近やたらあんたのこと褒めるんだよな、あいつ。妹自慢は聞きたくないって言ってんだけどな」
それにはヒルも首を傾げた。
「ヨルが私を自慢するのはよくあるけど、そんなに頻度は高くないはずよ。変ね」
玄関先で顔を突き合わせ、二人はヨルの行動の謎について悩む。が、幾ら考え込んだところで、二人ともさっぱりお手上げだった。
「ヨル、いつもに増して変ね。ストレスでも溜まってるのかな?」
「ストレスを溜める柄か?」
「……違うわね」
ヒルは首を振り、考えても分からないことはとっとと放り投げることにした。
「まあいいや、分からないならいい。ヨルに用なんでしょ? 上がれば」
「あ、うん。お邪魔します」
ヒルはレクをヨルの二階の自室まで案内し、また一階のリビングに降りる。
ヒルとレクは、どちらも互いのことには興味が無さ過ぎて、ヨルが「二人をくっつければ丸く収まるはずだ大作戦」を決行中だとは微塵も気付かなかった。
それからまた一週間程経った頃。アカデミーでの昼休み、今日も瀬奈はアンジェリカとレクと共に屋上でお弁当を食べていた。
「なあセナ」
「ん〜?」
サンドイッチに被りついたまま、瀬奈はレクに視線を向ける。レクもパンを食べながら、とても不思議そうに尋ねる。
「最近、ヨルがやたらヒルさんの話するんだよ。何でだろ? ヨル、最近何かあったのか?」
「へ……?」
瀬奈は目を瞬く。
こないだヒルの相談を受けたと思えば、今度はヨルの不思議な言動についての相談か。というか、ヨルがヒルの話を?
「何も無かったと思うけど……。話ってどんな話するの?」
「妹自慢ばっかり」
「それって……、自慢したいだけなんじゃ」
瀬奈の呟きに対し、アンジェリカは右手をぶんぶん振った。
「やあねえ、それだけな訳ないじゃない。ちゃんと意図があると見たわね」
にやっと笑って指摘するアンジェリカ。なんだか格好良いと思える程、頼りになる笑みだ。
「それってどういうこと、アンジェリカ先生」
「俺も知りたい」
瀬奈はベンチに腰掛けているアンジェリカの方に身を乗り出し、レクも心持ち前に出る。屋上にはベンチが並んでいるが、ベンチに座ると話にくい為、瀬奈とレクは床に座って食べていた。
アンジェリカはふふんと胸を反らし、もったいぶってみせてから、右手の小指を立てた。
「つまり、こういうことよ」
瀬奈とレクは揃って首を傾げる。
「小指がどうかしたの?」
瀬奈の問いに、アンジェリカは一瞬呆れた顔をし、すぐに気を取り直して、信じられないと言わんばかりに口を開く。
「ちょっと、何で意味を知らないのよ! 小指を立てて示すのは、恋人って意味!」
「ええっ、ヨルに恋人が出来たのかっ?」
「違うっ! 何でそっちでとるかな」
アンジェリカはレクの言葉をばっさり否定し、頭が痛そうに額に形の良い指を押し当てる。
「つまり、ヨルって子は自分の妹とレクをくっつけようとしてるんじゃないかってこと。あんた達、仲悪いんでしょ? だから、くっつければ手っ取り早く仲良くなるとでも思ったんじゃない」
「や、仲が悪いというより、ヒルが男の子が苦手だから避けてるだけ……」
瀬奈が口を挟むと、それが何、と言わんばかりに鼻で笑われる。
「苦手だろうとなんだろうと、避けてるんなら仲が良いとは言えないじゃない。つまり、そういうことよ」
「そうなんだ……」
「言われてみれば、似たようなこと言ってたな。冗談かと思ってた」
小さな声でぽつりと呟くレク。それから、ふとヒルのことを思い出す。
「そういや、ヒルさんも、ヨルから俺のことばっか聞いても楽しくないって言ってたな」
「……ヒルったら、はっきり言うわねえ」
瀬奈は微苦笑を浮かべる。ほんとにレクには手厳しい。
「二人で考えても分からなかったから聞いたんだけど、そういうことか」
納得といった風情で頷くレクに、アンジェリカはにんまりと楽しげに笑んで問う。
「で、当事者のレク君はどうなの?」
「どうって?」
「だからぁー、ヒルって子と付き合う気があるかってことよ!」
レクはすぐさま首を振る。
「まさか。あんまり態度がおっかないから軟化してくれたらとは思うけど、そこまで仲良くならなくていい」
「つまんない反応ねー。でも、こりゃ見込み無しね。互いに興味無さすぎよ」
「?」
瀬奈の疑問の視線に、アンジェリカは付け足す。
「興味あるんなら、相談してる時点で気付くでしょ」
「ああ、そっか〜。まあいいんじゃない、無理して付き合わなくても。それとなくヒルにも言って、ヨルにやめてもらうように言おうか? レク」
「別にどっちでも。聞き流しとけばいいし」
「………そ、そう」
本当に興味無いんだなあ。
手強い反応に、瀬奈はまた苦笑する。そう思ったものの、どうやらヨルとは良い友人関係を築けているようだと再確認し、姉のような心境でほっとするのだった。